平成19年分
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7月25日、京都・滋賀の月間情報誌『Leaf』の制作スタッフが来館。館長による解説や館内の展示を取材しました。8月25日発売号にて掲載予定です。
裏表紙「関ヶ原島津勇戦図屏風」(当館寄託)
★「別冊歴史読本」関ヶ原合戦特集に協力
「別冊歴史読本 野望!武将たちの関ヶ原 参戦武将63人の戦い」の表紙に「井伊直政関ヶ原所用具足」(当館寄託)写真が掲載されています。また本中に井伊館長が「井伊直政」について執筆しています。興味のある方は是非御一読下さい。現在全国書店にて発売中です。
(寄託品)
日光東照宮や二荒山神社等、旧幕府の聖地であった史蹟名勝の保存の為、安生順四郎(栃木県会議員)他40名の発起により成立した保晃会に東照宮宮司となった旧会津藩主松平容保が寄附したもので、その旨を記す松平容保の署名や、寄附 受付の安生の簡単な甲冑由緒書が葵紋蓋裏に記されています。大正5年の保晃会解散ののち民間に流失し、行方を失っていたもので、大変貴重な幕末大名具足の遺品です。               
松平容保所用 紺糸威最上胴丸(皆具) 
―栃木県旧保晃会所有品―
★<新発見資料>

★テレビ協力
2月5日放送京都チャンネル「京都!ちゃっちゃっちゃっ」に井伊館長が出演しました。近畿のその道の達人や有名人を紹介する生放送番組で、井伊館長は甲冑や刀剣にまつわるよもやま話を1時間にわたり講演しました。
★テレビ協力
1月4日放送日本テレビ「天下統一!三武将ペシャル 信長 秀吉 家康 〜真のリーダーは誰か」に取材協力しました。番組では信長所用の胴丸を貸出し、インタビューでは井伊館長が武田流の軍法・赤備えの変遷について解説しました。



兜は井伊家当主の象徴である大天衝の脇立に白の唐頭がつきます。吹返や胸板、手甲に井桁の家紋を金具で施しています。落ちついた朱に要所金彩、質素の内にも豪華さを秘めた見事な井伊家朱具足の一領です。井伊直朗は幕府若年寄の重職をつとめた名君です。
矢筈頭伊予札二枚胴具足 ―与板藩第十代井伊直朗所用―
★<新発見資料>


この写真は井伊直憲(直弼嗣子)就封時の古写真と共に井伊コレクション中より発見。3月上旬、毎日新聞・読売新聞他各社によって報道されました。
 直弼の正妻昌子は丹波亀山(現亀岡)五万石松平紀伊守信豪の次女(初名多喜→貞→昌子)で弘化3年(1846)直弼のもとへ輿入れしました。昌子算えで12歳、実際は11才という幼な婚で、この時直弼はすでに32才でした。この結婚は将軍家からの養女による結婚話を打ちこわすための、いわば急拵え。先行既成事実を楯とした井伊家の強行な結婚政策、政略結婚でした。藩世子である直弼もこの結婚話には一切介入出来ず、内心不満が大いにありましたが、その為かどうかこの二人に子供は生まれず、結婚14年後、直弼は桜田門に斃れることになります。昌子はそれから25年後、明治18年(1885)51才の生涯を閉じました。
 孤独の中で、しかし強く生きたであろう勝気そうな感じがその風貌から窺えます。
 
井伊直弼の奥方 昌子の写真発見
★<新発見資料>

★ラジオ取材
3月8日、KBS京都ラジオ「南かおりのHello Musicらんど」からの取材依頼を受け、
午後12時からの生中継で井伊館長が、インタビューに答えました。

4月9日、「京のいっぴん物語」番組制作スタッフにより井伊館長のインタビューが収録されました。羽田美智子さんの司会で毎回ひとつのテーマを取り上げて紹介する番組で、今回のテーマは「真田紐」。その歴史や、鎧や刀装具における誤った使用法の通説を正すなど幅広く解説しました。
放送は5月12日夜9時の予定で、下記の放送局で放映されます。

[KBS京都・テレビ新潟・静岡第一テレビ・岡山放送・岐阜放送・千葉テレビ・石川テレビ・日本BS



★テレビ協力

当館2階刀剣展示室の一部
このコーナーでは井伊美術館でのニュース、
出来事その他もろもろの事どもをお知らせしようと思います。
 井伊美術館だより
★KBSラジオ出演
5月20日、KBSラジオのお昼の番組『ただ今勤務中!森谷威夫のお世話になります』(月〜木10時〜13時の放送)に、井伊館長が生出演しました。 約10分ほどの出演でしたが、政田マイレポーターからの甲冑に関する率直な質問や、明快な興味や感想に活気付いたインタビューとなりました。



★取材協力
★「週刊実話」(5月8・15日合併号)に取材協力